【産経抄】12月2日
「私は、女房(かない)に当たりました」。劇作家の宇野信夫は、知り合いのクリーニング店の主人が、こう言い切るのを聞いて驚いた。長野県出身のこの人は、東京で洗濯の修業をし、やがて結婚して、小さな店を持つようになった。
▼それからいろいろ苦労はあったものの、夫婦で乗り切り、60を過ぎて、社長と呼ばれる身分になったそうだ。頭の毛はすでに薄く、娘のプレゼントだという上衣は、少々派手すぎるきらいがある。それでも「私は眼の前の、世にも幸福な人を、つくづく見た」と、エッセー集『うつくしい言葉』(講談社文庫)のなかで、宇野が書いていた。
▼女房は無理でも、せめて年の暮れには、宝くじには当たりたい、という人も少なくないだろう。「年末ジャンボ宝くじ」の当せん者が決まるのはまだ先だが、来年5月に始まる裁判員制度で、裁判員候補になったことを伝える通知は、すでに発送された。
▼東京新聞によれば、裁判員候補者に選ばれる確率は、20歳以上の約350人に1人。年末ジャンボの5等1万円が当たる確率1000分の1よりかなり高いことになる。もっとも、こちらに当たった人からは、歓声よりは、戸惑いの声が目立つようだ。当たってほしいものはほかにもある。
▼FNNの世論調査によれば、麻生内閣への支持は27・5%まで下がり、不支持は58・3%に達した。景気の悪化は加速しているというのに、政治は迷走するばかり。失言が相次ぐ首相への失望の大きさも、数字からうかがえる。
▼世論はうつろいやすいというけれど、いつになったらやってくるのだろう。国民の先頭に立って、危機に立ち向かう姿を目の当たりにして、「いい首相に当たったなあ」と、しみじみ言えるようになる日が。


