春秋(12/31)
谷崎潤一郎が住んだ小石川原町、いまの東京都文京区白山辺りから銀座へ、歩くとざっと1時間半。この道を、彼は6つ年下の芥川龍之介としばしば散歩した。芥川が20代後半、大正のころだ。「実によく歩いてしゃべるんですね」と谷崎が振り返っている。▼辛らつな文学論だけでない。谷崎の赤いネクタイと芥川の道行き姿と、どちらがおかしいか。そんな他愛のない話もしながら、時には「もういっぺん歩いて帰りましょうか」になったという。外気と移り変わる景色と運動が、才人2人の頭を刺激したのだろう。横で聴いていたい気がする。
▼「巣ごもり」がはやった年だった。でもこの時期、見慣れた色とまったく違う澄んだ空が都心にも広がっている。歩く。「100年に一度の津波」に襲われはしたが、北京五輪やノーベル賞の笑顔があった。家族の支え。碁敵に放った会心の一手……。あれこれ思えば、いいことだって必ず幾つか浮かんでくるだろう。
▼勝海舟は長崎でオランダ人教師に時間さえあれば散歩しろと教えられ、その魅力と効能にはまった。志賀直哉も散歩が好きだった。それがかなわなかった昭和9年の大みそか、日記にこう書いている。「毎日家にばかりいると下らぬ事にカンシャクを起こしてよろしからず」。小説の神様は巣ごもりが苦手だった。


